山瀬功治

なんとなく思い出したのだが、自分が山瀬功治を見るようになって7年になる。思えば色々あった。

最初は国体で北海高校の選手として出場していた時だったはずだ。あの時、すでに自分は山瀬功治は世界に通じる選手になると確信した。

自分は、日本人選手で天才だと思った選手は今までに小野、森本、そして山瀬だけだ。
中田英も、中村も、大久保も、平山もいい選手だとは思ったが天才とは思わなかった。

彼はピッチの中で異彩を放っていた。いつ、どこで、どのような形でスペースができ、どう自分が動けばゴールに結びつくかを全て理解しているかのような動き、瞬間的な閃き。普通の人間では越えられない壁のような物を自分に感じさせた。

そんな彼が応援している札幌に入団すると決まったときの喜びは計り知れなかった。
少ない小遣いを無理やりやりくりしてレプリカユニフォームを買った。それも2着。1着は札幌のユニフォーム。当時は28番だったのだが10番をナンバリングした。もう1着は日本代表のユニで、これもやはり10番YAMASEとナンバーまでつけた。
自分は5年、いや、3年後にはこのユニフォームの通りに運ぶと信じていた。

そしてケガ、移籍、五輪落選、ケガと、彼はマイナスの周期に入っているが、自分は5年前に思ったことを未だに信じ、応援している。

貴方の穴は埋まりません。戻ってくるのを待っています。